史上最強のサッカー日本代表をつくるために僕はベルギーへ渡った 書影

PR史上最強のサッカー日本代表をつくるために僕はベルギーへ渡った

立石敬之(著)

日本人選手はなぜシントトロイデンを経由して欧州トップで輝くのか。冨安・遠藤・鎌田らを欧州ビッグクラブへ送り出したCEO立石敬之が、クラブ買収から組織改革まで7年間の挑戦とその成功要因を語る。

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立石敬之氏は、大分トリニータ、FC東京で強化部長やGMを務めた後、2018年からベルギー1部のシント=トロイデンVVでCEOを務めています。冨安健洋、遠藤航、鎌田大地、鈴木彩艶。日本人選手たちがこのクラブを経由して欧州の名門クラブへ羽ばたいてきました。

本書は、立石氏がシントトロイデンを率いてきた7年間の記録です。人口4万人の小さな町のクラブを、外国資本がどうやって地元に受け入れられ、財務の健全性を保ちながら、世界へ橋渡しする拠点に育てていったのか。クラブ経営者の視点から、その7年が語られていきます。

今回は、特に印象に残った3つの視点を取り上げます。

「経営権は獲得しましたが、このクラブは皆様のものです」

外国資本が欧州クラブを買収する話は、これまでにも日本人による事例がありました。フランス2部のグルノーブル、スペイン2部のサバデル。いずれも地元との関係構築には苦労したそうです。立石氏は、その経験を反面教師として渡欧前から強く意識していました。

2004年に日本のIT企業がフランス2部のグルノーブルというクラブを買収し、2012年には日本人がスペイン2部、サバデルのオーナーになりました。私はその両方を見守っていましたが、ともに地元とうまくやれず、苦労したと聞いています。これが反面教師となりました。地元との関係構築というのは、持続可能な経営に必要不可欠なタスクでした。私が渡欧して最初にサポーターの前に立った時、「経営権は獲得しましたが、このクラブは我々のものではなく、皆様のものです」と伝えました。

経営権を獲得した側が、最初の挨拶で「このクラブは皆様のもの」と伝える。よそから来た者が過去のやり方を尊重せずに変化を加えれば、ハレーションが起きるのは目に見えています。

この姿勢は選手構成の戦略にも出ていて、私が驚いたのは以下の部分です。

最近ではベルギー人がスカッドの約半数を占め、日本人が5、6人、その他の国籍の選手は5、6人というバランスになっています。これはベルギー人選手と日本人選手に絞り込んでいく戦略によるものです。ベルギー人選手や地元のリンブルフ州出身の若手選手の育成に力を入れているので、サポーターやファンにはとても喜ばれています。

2018年当初、シントトロイデンは、ベルギー人と日本人以外の国籍の選手が20人ほど在籍する多国籍なチームでした。そこから国籍を絞り込み、「ベルギー人約半数+日本人5〜6人+他国5〜6人」というバランスへ再編していきました。

地元選手については、能力が多少及ばなくても積極的に起用する方針です。2025/26シーズンには下部組織出身者が7人もトップチームに昇格しました。国内のビッグクラブが狙う将来有望なベルギー人選手の争奪戦には無理に踏み込まず、自前のユースから引き上げた若手を軸に組み立てていく。

サポーターの愛着の度合いは、選手の出自によっても違います。試合を観ているときの熱量はどちらも変わらないかもしれませんが、自前のユースで育った選手が活躍する姿には、別の軸で誇らしさが湧いてきます。「うちのクラブから出てきた選手だ」という感覚は、よそから来た選手では味わえないものです。

ただ、人口4万人の町から1部リーグで戦える選手を生み出すのには限界があります。そこで戦力的に弱いポジションには、日本人選手を充てるのです。日本人選手の活躍がチームの成績を押し上げ、ユース出身の若手にはプレーする場を与えられる。

この組み合わせがあるからこそ、シントトロイデンの経営はサポーターに支持されているのではないでしょうか。ただの日本人選手が多いクラブだったら、ここまで地元に受け入れられなかったかもしれません。地元の若手が活躍する姿があり、そのうえで日本人選手が助っ人として戦力を補う。両方が揃っているからこそ、外国資本の経営に対する反発を最小化できているのだと感じます。

これは日本とのパイプを築いているシントトロイデンだからこそ取れる戦略で、他クラブが模倣することは難しい仕組みです。シントトロイデンが成長してきた背景には、こうした異質な戦略があるのだろうと感じます。

誰もが欲しがる構図を作る

日本サッカーは組織力やチームワークを強みにしてきました。一方で、欧州サッカーが選手に求めるのはデュエルや1対1の強さ、周囲のサポートがなくても個人で完結する力です。立石氏は、その違いを踏まえてシントトロイデンの役割を定義しています。

Jリーグは欧州とは少し異なるサッカーをしているので、有望な日本人選手をシントトロイデンに連れてきて、欧州の人たちが好むような選手に仕上げていくのです。日本の良質な選手を欧州の人たちにとって使いやすく、「欲しがる商品」になるように少し手を加えていくような感覚です。シントトロイデンの役割は、それに尽きるといっても過言ではありません。

具体的に「手を加える」のは、デュエル、球際、1対1の局面で強くすること。日本のサッカーで培ってきた良さに加えて、欧州の舞台で戦っていくために必要なスキルを足すことで、その選手の市場価値を高めていく発想です。

シントトロイデンを経由した冨安、遠藤、鎌田らが欧州で活躍していることは、このあたりの方法が機能していることを示しています。なによりJリーグのクラブだとできないようなアプローチを、ベルギーの地で行っているのが興味深いところです。

欧州と同じ土俵で戦うべきなのか

本書の終盤では、立石氏の視点が10年・20年先のスケールへ広がります。

私は欧州と同じ土俵では戦いたくないのです。イングランド・プレミアリーグの各クラブへの分配金は150億円を超える一方、Jリーグの分配金は2億〜3億円のレベルで、市場規模では歯が立ちません。Jリーグや日本サッカー協会がどれだけ頑張っても、欧州と同じ土俵で戦っていては、いつまで経っても勝つことはできません。だからこそ、10年、いや20年先を見て、手を打っていきたいのです。

プレミアリーグとJリーグ、その桁違いの市場規模を踏まえれば、「Jリーグが欧州に追いつく」という発想自体に無理がある、という指摘には頷けるところがあります。

では、どこで戦うのか。立石氏が示すのが環太平洋リーグ構想です。日本と米国を軸に、カナダ、メキシコ、韓国、オーストラリアなどと組んで、UEFAに匹敵する経済規模のリーグを作る。そうなれば、チャンピオンズリーグ級の大会が世界に2つできるという発想です。

この構想を実現するうえで、立石氏が必要だと挙げているのが日本の「脱アジア」の覚悟です。

AFCでは近年、サウジアラビアやカタールといった政治力・資本力のある国の影響が強まっています。AFCチャンピオンズリーグ・エリートの決勝ラウンドはサウジのジェッダでの集中開催が続いています。

また、代表の話題でいうと、2025年末にはAFCネーションズリーグの導入も発表されました。日本としてはアジア内の試合がさらに増え、南米などの強豪国との対戦機会が相対的に減る可能性もあります。

実現は簡単ではありませんが、現在のアジアの枠組みに留まるより、米国と組む方がメリットは大きい。このアイデアはとても面白く、魅力的に思えます。

おわりに

立石氏がシントトロイデンで築いてきた仕組みは、日本サッカーの強化に大きく貢献しています。実際、現在の日本代表にはシントトロイデンを経由した選手が多く名を連ねています。

一方で、Jリーグの側から見れば、有望な選手が早い段階で抜かれてしまう、しかも移籍金も決して高くないという現実があります。選手たちの海外志向が強まる中、Jリーグで本格的に活躍する前に海外移籍する流れは、国内リーグの活性化という視点では懸念材料です。

それでも、シントトロイデンのようなクラブが受け皿として機能している意義は大きいと感じます。環境の整ったクラブに渡れば伸びる選手もいれば、そうでないクラブで埋もれて日本に戻ってくる選手もいます。こうした受け皿を欧州に作るアイデアそのものは誰もが思いつくかもしれませんが、それを実行に移し、7年にわたって続けてきた立石氏の取り組みは、賞賛に値する仕事だと感じます。

※本記事中の引用はすべて、立石敬之『史上最強のサッカー日本代表をつくるために僕はベルギーへ渡った』日経BP、2025年からのものです。