J1の過去10年の決算データを見ると、トップチーム人件費比率(売上高に占めるトップチーム人件費の割合)は、おおむね40%台から50%台のあいだで推移してきました。2024年度はその水準を下回り、35.8%まで下がっています。背景には、いくつかの異なる要因が重なっています。
人件費比率は、クラブの経営姿勢を読み取る指標として参照されることがあります。ただ、過去10年の推移とその構造を細かく見ていくと、この一つの数字を額面通りに読むことの難しさが見えてきます。
過去10年の推移
J1全体(クラブ合計)でみたトップチーム人件費比率の年度別推移は以下の通りです。
| 年度 | 売上高 | 人件費 | 比率 |
|---|---|---|---|
| 2015 | 602億円 | 264億円 | 43.8% |
| 2016 | 655億円 | 283億円 | 43.3% |
| 2017 | 735億円 | 345億円 | 46.9% |
| 2018 | 856億円 | 409億円 | 47.8% |
| 2019 | 891億円 | 450億円 | 50.5% |
| 2020 | 690億円 | 438億円 | 63.4% |
| 2021 | 832億円 | 468億円 | 56.3% |
| 2022 | 875億円 | 439億円 | 50.1% |
| 2023 | 936億円 | 422億円 | 45.1% |
| 2024 | 1,165億円 | 417億円 | 35.8% |
2020年度の比率63.4%は、コロナ禍による入場料収入の急減を反映した特殊な値で、平時の水準とは切り離して考える必要があります。コロナ前の2017〜2019年度はおおむね46〜50%のレンジ、2024年度はそこから10ポイント以上下がっています。
比率の低下幅は決して小さくありません。ただ、その動きの中身を分けてみると、いくつかの異なる要因が混ざっています。
数字を動かした要因
開示項目の変更
2024年度の決算資料から、新しい項目が独立計上されるようになりました。「移籍関連費用」と「移籍補償金等収入」です。
2023年度以前は、移籍関連費用はトップチーム人件費の中に含まれていました。2024年度からはトップチーム人件費の外に出され、独立した項目として開示されています。 同時に、収入側でも移籍補償金等収入が「その他収入」から分離され、独立計上に変わりました。
この項目変更は、人件費比率の見え方に直接影響します。J1合計でみると、2024年度の移籍関連費用は約97億円。これがすべて従来通り「トップチーム人件費」に含まれていたとすれば、人件費合計は417億円ではなく約514億円となり、比率も35.8%ではなく44.1%程度として表示されていた計算になります。
クラブ単位で見ると、川崎の移籍関連費用は13.2億円とJ1で最も大きな額です。仮に従来通り人件費に含めれば、川崎の人件費比率は32.7%ではなく48.3%として表示されていたことになります。比率を経年で追うときには、この区切りを意識しておく必要があります。
売上の伸び
人件費比率の分母である売上高は、過去10年で約2倍に拡大しています。特に2024年度は、入場料収入と物販収入の伸びが目立ちました。
一例として広島が挙げられます。新スタジアム「エディオンピースウイング広島」が2024年シーズンに開業し、入場料収入は2023年度の約6億円から、2024年度の約20億円まで伸びました。広島の人件費はほぼ横ばいで推移しているため、比率は前年から下がっています。
人件費そのものを抑えていなくても、売上の側がこのように伸びれば、比率は自然に下がります。 比率の低下は、必ずしもクラブが人件費を抑制した結果として生じているわけではない、という見方が成り立ちます。
3年償却という会計慣行
移籍補償金は会計上、3年で償却するのが一般的です。たとえば1億円を支払って選手を獲得した場合、その費用は当年に一括ではなく、3年間にわたって毎年約3,300万円ずつ計上されます。
この扱いは、ある年度の「移籍関連費用」を読むときに意味を持ちます。2024年度の移籍関連費用には、2024年に獲得した選手の支出だけでなく、2022年や2023年に獲得した選手の償却分も含まれています。単年の数字を、その年の補強額として読むのは誤読の元です。
逆に、ある年度に大型補強をしたクラブは、向こう数年にわたって移籍関連費用が積み上がっていくことになります。比率の年次比較では、この遅効性も視野に入れる必要があります。
2024年度のクラブ別比率
2024年度のJ1各クラブのトップチーム人件費比率は以下の通りです。比率の高い順に並べています。
| # | クラブ | 比率 | 売上 | 人件費 | 移籍 関連費 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 福岡 | 46.6% | 30.5 | 14.2 | 2.0 |
| 2 | 柏 | 45.5% | 46.6 | 21.2 | 7.3 |
| 3 | 京都 | 45.2% | 37.2 | 16.8 | 3.4 |
| 4 | 札幌 | 43.5% | 50.0 | 21.8 | 3.5 |
| 5 | 町田 | 43.1% | 57.5 | 24.8 | 7.5 |
| 6 | 湘南 | 43.0% | 29.0 | 12.4 | 2.0 |
| 7 | 磐田 | 40.1% | 48.5 | 19.5 | 3.4 |
| 8 | 名古屋 | 39.6% | 68.7 | 27.2 | 3.7 |
| 9 | 鳥栖 | 35.3% | 30.6 | 10.8 | 3.9 |
| 10 | G大阪 | 35.3% | 72.2 | 25.5 | 7.2 |
| 11 | 神戸 | 34.8% | 80.7 | 28.1 | 4.7 |
| 12 | 鹿島 | 34.4% | 72.0 | 24.8 | 3.1 |
| 13 | C大阪 | 33.8% | 54.0 | 18.2 | 7.3 |
| 14 | FC東京 | 33.4% | 69.9 | 23.3 | 3.8 |
| 15 | 広島 | 33.4% | 80.3 | 26.8 | 5.7 |
| 16 | 川崎F | 32.7% | 84.0 | 27.4 | 13.2 |
| 17 | 横浜FM | 32.3% | 73.3 | 23.7 | 5.4 |
| 18 | 浦和 | 31.2% | 102.1 | 31.9 | 7.8 |
| 19 | 東京V | 24.5% | 36.8 | 9.0 | 1.1 |
| 20 | 新潟 | 23.9% | 40.6 | 9.7 | 1.1 |
※売上、人件費、移籍関連費の単位は億円。比率はトップチーム人件費 ÷ 売上高で算出。
最も高いのが福岡で46.6%、次いで柏45.5%、京都45.2%。最も低いのが新潟で23.9%、東京V24.5%と続きます。20クラブの中央値は約35%です。
売上規模の小さいクラブほど、比率の振れ幅が大きくなる傾向があります。新潟(売上40.6億円)、東京V(36.8億円)が低比率の両極にいる一方で、福岡(30.5億円)、京都(37.2億円)は高比率に振れています。分母が小さいほど、比率は人件費の絶対額の差を強調しやすくなります。
また、移籍関連費用の額にもばらつきがあります。川崎の13.2億円が突出して大きく、浦和の7.8億円、町田の7.5億円、G大阪・C大阪・柏の7.3億円が続く一方、東京Vや新潟のように1億円台のクラブもあります。
移籍関連費用は補強の積み上がりを反映するため、ここに差があるクラブ同士で人件費比率を単純比較すると、構造的な違いを見落とすおそれがあります。
おわりに
2024年度から、Jクラブの決算資料は移籍関連費用と移籍補償金等収入を独立した項目として開示するようになりました。これにより、選手の獲得と放出に関わる金額が、人件費の中に埋もれずに見えるようになっています。
人件費比率という一つの数字には、開示項目の構造、売上の構成変化、補強の累積といった複数の要素が織り込まれています。経年で追うときも、クラブ間で比べるときも、その内側にある項目を一度確認しておく必要があるかと思います。
